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日々、思うことを書き込んでいきます!

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人間は何故生まれたのか。
2007/12/28

人間がロボットみたいに痛みや苦しみを感じずに生きれたらどうだっただろう。

そもそも無から始まって、無に続けば「無」のままでよかったのに。
何故、人間は作られたのだろう。

愛やそういったもので、やっぱり逆転しうる可能性をもっているのだろうか。

わからない。

対談形式で「趣味」「退屈」などについて語る。
2005/12/21

対談形式で「趣味」「退屈」などについて語っていく。

A:なんか最近、小谷野氏の「退屈論」を購入したようですね。
悠:うん。ただ、ほとんど読むに値するところはない。これともう一冊外国の人が書いた「退屈論」の本があるようだが、こちらも理論立てで面白くなかった。
  現実、退屈や暇は相変わらずあるが、慣れてきている。最終的には寝てもいいわけだし、それでもなきゃぼーっとしているか、なんか探すとだいたいあるものだ。ない時も多いが。
A:今は趣味をまた探しているみたいですね。
悠:最近、プロレス、総合格闘技もこれはいつもだが、飽きながらも新しい情報や映像があると見てしまうという形で進んでいる。ただ、無理とは解りつつ、卒業宣言をした時、HPでは「プロレスコラム」「日記」「音楽」でまあ進行させ、本も読むがだいたい読みつくして、映画はたまに見て、仕事系はそれであるとして、と探したが、サッカーも野球もお笑いも・・・ほとんどつまらない。
  だからさっき、趣味のページで開いたが、ゲーム、盆栽、料理、クイズ・・・これらも全てつまらない。
  だから、政治でも学ぶかとニュースを見てたけど、「ああやめよう、つまらん。」とやめ、英会話もやろうとしたが、「ああやめよう」とやめた。
A:サッカーや野球などの人のコラムを読んだみたいですね。
悠:結局ね、自分はややプロレス村の人間だけど、プロレス村の人はしきりに、「あの団体がまずい」「もうプロレス界は終わりか」なんてのとずっと付き合う。 で、サッカーを見ても、野球を見ても「終わりか、まずい」と悩んでいる。 政治のニュースでも「なにか日本滅亡か」みたいに騒いでる。 でも、その違う村に全く興味がないと、例えば、日本代表の得点力不足がどうだろうが、野球界全体の低迷がどうだろうが、
  姉歯なんとかや、小泉、ブッシュと中国がどうだろうが興味がないんだ。 だから、興味ないっていうのは、強いと思った部分もある。
A:人生を考える哲学系は?
悠:あれを自分は今まで、趣味(プロレス、総合格闘技、音楽・・)などと別物の、本当に考える事として置いていたが、あれも言葉として解答できるようになった時くらいから、結局それも趣味(プロレス・・人生の事を考える)と同じ引き出しにあると、考えるようになった。そして、特に、今後の自分のプランや、このように趣味を探している事などを除いた。死をどう捉えるか・・などのものにも、相当飽きた。
A:映像関係はどうなんですか?
悠:自分のこのHPに限っていっても、全部が自分の作品。だから、次にコラム、日記、音楽で映像というのはありだと思うが、映像といっても映画やプロレスの動画しか自分の発想にないわけで、これは今までみたいに自分一人でできないという落ち度がある。撮影場所から、時間、プロレスはリングや興行を考えて、さらにこういうコンセプトの試合というところまでつまなきゃこのHPに乗せる意味がないから、そういう意味ではほぼ未来まで不可能だ。1つはCGなんか勉強して自分の音楽のプロモーションビデオを作成するという事で映像を。という手もあるが、それはあまり興味がない。
  自分一人ならノンフィクション系にこだわるなら、そういう小説も書いていく手もあるが、コラム、日記、音楽と上がってきて、急に尻すぼみする感じだ(笑) まあ、小説には昔からあんまり向いてない、人生で書き上げた小説などない、無理に書き出して「やーめた。」というものだけだ、だから向いてないし、やりたくもないのだろう。
  私はやりたい事は本当にすらすらいくタイプだから。
A:HPじゃなくて、なんか趣味ありそうですか?
悠:料理も掃除も、例えばTシャツのデザインなんかも違うんだな。すると、今までの趣味を中心にやっぱり生きながら、なんとなく調査していく展開になるかもしれない。趣味でも時間潰しという感覚はできるだけ超えるように心がけている、夢中になりたい、楽しみたい、真剣になりたい、という中で趣味を探してるから。でも、時には臨機応変に、「時間潰しにすぎないのかもしれない」というのを感じた時がいい事もあるような気がしている。(終)

3作の映画、ドラマの感想。
2005/12/18

3作の映画、ドラマの感想を書く。

「血と骨」
主演が北野武、監督は違う人のようだが、正直、ほとんど何もない。
主人公にも尊敬する部分の人格もなかった。
ただ、老人になって、足が動かなくなってから、歩く時助けようとする人に「俺に支えはいらねえ!」という風にどける生き方は、私が老人になっても持っていたい考え方だ。

「かげろう」
Gyaoの映画だが、恐らくあの終わり方からしてヨーロッパものだろう。映画の中でもドイツが・・とか言っていたし。
映画に対しては特にあまりないが、3人の家族の助けに入った17歳の青年の行動力は凄い。
もう生まれた環境の習性だろう。極端なところもあり、人格的には付き合いづらさは感じた。

「たからもの」
これもGyaoのドラマだが、30分ものだったので見たのだが、主演が安部なつみ、泣ける系映画で少し泣いた。特にこれというものはないが、地震など家族などとの別れは突拍子なく訪れる可能性はある。このドラマの中の、千という人の曲の歌詞

・たからものは知らぬ間に どこかへ行ってしまうの

またこれとは関係ないが、震災のものとしてMr.Childrenの「es」の歌詞

・何が起こっても変じゃない そんな時代さ覚悟はできてる

などのように、覚悟か意識ぐらいは1回しておく必要はあるのではないか。
しかし、その時になって考えればいいというのも言えなくはない。
最近は、その時、ひどく傷つかないために、前もって予防する考えをやめつつある私は、書いておきながら、それが起きてから考えればいいという側に立っている。

ターザン山本氏の「音楽と意図〜ヒットチャート考現学!〜」について。 私もマグマを噴出する。
2005/12/16

ターザン山本氏の「音楽と意図〜ヒットチャート考現学!〜」を読んだが、とても面白かった。ターザン山本氏の本では前に、プロレス関係の本で「力道山がこうで、ジャイアント馬場がこうで、アントニオ猪木がこうで・・」という時代の読みと哲学と心理・・などを混ぜ合わせた分析で圧倒されたが、そのターザン山本氏が普段全く聴かないという「J-popのヒットチャートなどの曲・歌手」を解析していくという事で読むと、ものの見事に全てが当たっている。詩を読んで、曲を聴いて、その人がどんな人物か、どんな過去があったか、どんな顔か、何に悩んでいるか・・などを容赦なく解析している。内容はとりあえず避けるとしてひとつだけ重要なテーマである、

今、民衆が負のパワーのマグマを溜め込んでいる。これを大噴出する時新しい時代がきて、
新しいヒット曲も生まれる。

私はその‘マグマ発言’の文を読んだ時に、とにかくぬるま湯だったり、自分の怒りなり、気持ちなどを吐き出しきれない事などを全部一回解放させてやったほうがいいな。と思った。
そして、一人で家の中で無茶な筋トレを始め、シャワー室でさすがに声は出さなかったが、ストレートなパンクのリズムで歌詞を適当に並べて、拳をかかげ。朝方なのに海に行こうと思い、気分も悪いのに遠くまで歩いてきた。それは別に何も変わらず意味がなかったが・・たまに急にこうなる(笑) 
で、何を言いたいかと言うと、まず、曲で言うと、「パンク」かなと思った。しかし、これは人によって、ラップかもしれないし、解らないが。でそれも極めて何を選んでも選ばなくてもいいが。そうして出てきたのが、
<怒るのを恐れたり、怒って例えばモメゴトで警察沙汰になるのを恐れて怒るのを耐える自分をやめよう>と思った。これからは怒りを出して行こうと。ブタバコに入る覚悟も出来たと。 
また、<女性を中途半端にブレーキかけて愛するのではなくて、本当に愛してるなら、心を開けっ放してしまう形で全身で愛そうと思った。>それが、例え、昨日のコラムの狂愛や恋の病になっても、のちのち深く傷つくとしても。 
そうして行かないといつまで経っても自分を全身から解放してあげる事がなく、モノをストレートに語る事がなく、嫌いなものを嫌いと言えず、つまらないものをつまらないと言えず見てしまう事になるからだ。文中の
 
停滞し切っているぶんだけ、負のパワーがたまっている、という点に気がついて、もっと自覚的に今の時代を否定していけば、とんでもないマグマを噴出させることができるんだよ。

の「今の時代を否定する」という行為は、私の場合「今の時代が解っていない」ため難しい。あれは嫌だとかはたまにある程度だ。 
しかし、違う形ではあるが、私は私の改良工事を行う。感情を出し、本気になり、自分の言いたい事を吐き出していく事。否定と愚痴は似ているようで違うと思う。世の中や自分も?(か解らないが)否定しまくる事で、マグマ噴出を狙うしかない。どんどん破壊していく。そして自分からエネルギーや元気やパワーを作り出していかないとぬるま湯で死ぬ事になる。

「自立した愛」・「遊愛・友愛・利愛」の話と、「私には元々何もないのだ」というのが結論。
2005/12/16

<人間は1人で生まれ、1人で死んでいくべきか?><自分のために人生は生きるべきか?><自立した恋愛関係><女性(異性)(:この後、‘女性’‘彼女’と書く)と一緒になるかが叶わないなら自分の人生はどうなってもいい、という気持ちは本当か。>などがごっちゃになって私の頭の中を混乱させているので、書きながら整理してゆく。

まず、女性シンガー、柴田淳、の歌詞の中でこのような歌詞があったので曖昧な記憶であげてみる。

・自立した2人の関係を確認したのに
次第に相手に寄りかかり、もたれるようになっていってしまい・・

私は例えば、好きな女性がいる場合、最初の頃は、狂愛(マニアの愛){と呼ぶらしい。}をしていたと思う。
狂愛(マニアの愛)
・愛に憧れ、同時に愛に苦しむ。独占欲が強く、不安が強くなり、相手の愛を得るために、自分を傷つけたりもする。
・相手とうまくいかないと胃が痛む。
・もし2人が別れるようなことになれば、私はショックで死ぬかもしれない。
                 図解雑学 人間関係の心理学(齊藤 勇)参照。

という激しい愛。
しかし、徐所に進化し、
  遊愛的(ルダスの愛)
・私は私が相手のことをほんとうに愛しているのか、相手に多少疑いを持たせるくらいの距離を保つようにしている。
  
友愛的(ストーゲの愛)
・いつ友情が愛に変わったのか、気づかなかったくらいだ。
・愛は本物になるには、一定期間育てることを必要とする。

  利愛的(プラグマの愛)
・遊愛と友愛の複合。
・相手と関係を持つ前に、私はその人が将来どうなってゆくのかを考える。
・私は相手を選ぶ時、じっくり自分の人生設計を考える。

といったあたりを行ったり来たりしているのだと思う。
つまり、最初の柴田淳の歌詞に戻ると、私は相手にのめりこんだり、激しく愛する事を非常に警戒しており、相手にもたれず、愛する事を望むので、例えば、「なんとなく会いたくなってしまった」と思う気持ちに警戒したり、またそれを相手に発言する事を避けたり。家で四六時中思わないように、彼女を思っていても、「あっ、違う事考えとこう」とやったりする。 私は同棲している状態で言っていないが、柴田淳の歌詞の場合はどうなのだろう。自立した2人の関係を完全なまでに構築した。しかし、相手によりかかり、もたれるようになってしまった・・。同棲していたら特に考えられる、私は同棲していないので、空想になるが、今まで一人で買い出しに出ていた事を、同棲してから彼女の「買い出しは私がやるわ。」の言葉に甘え、以後もたれる。 また、洗濯はいつもダラダラと溜め込んでからしていたが、同棲したら彼女はテキパキと2.3日おき、もしくは毎日洗濯している。そこで流れで甘え、以後もたれる。 こういう家事系は自分の気持ちしだいと2人での話し合いにゆずるとしよう。
すると、ここで出てくるテーマは同棲しようと<人に一切、頼らないで生きるべきか?>であるが、完璧な自立をする必要はないという気持ちが最近はある。人に頼れる時、頼ってもいいのではないか。ただし、節度をもっておくべきだ。この白にも、黒にもできないのが、悔しいところだが、これが変則的ではあるが、バランスであると思う。私は体の中にこういうバランスと向き合う事がよくある。だから、これが本物のバランスかもしれない。
話を戻し、私は深い愛に落ちないようにするために(もうそうとうそういう体は出来上がってはいるが)、たずなを引く方を中心にコントロールするのだが、今度は逆に、全ての警戒を解き放って、彼女を愛する事ができなくなっているのだ。全てをかけて愛するという事だ。だから、本気で愛していないように感じてしまいもどかしいのだ。しかし、私がいる地点が遊愛・友愛・利愛であるのなら友愛の説明での
・愛は本物になるには、一定期間育てることを必要とする。
という事で正しい道を歩んでいるのかもしれない。今から、全てをかけて愛しても、狂愛に戻るだけだと思うと、そんなマネはしないだろう。スパイスがないからと、一瞬狂愛をするのもいいが、その途端に彼女との主導権争いを奪われるのを警戒すると(恋愛は愛した方が負け的な)狂愛せず、普通にしている他はない。そのうち本物の愛が顔を出す事に期待して。

で、相手に激しく落ちないために私はいろいろ気をつけているが、自分の気持ちが落ちた時に彼女などを引き合いに出して、<彼女が叶わないなら(結婚や一緒になれない人生なら)、自分の人生なんかどうだっていい>というところに逃げ込む事がある。それから、自分の気持ちが落ちた時、うまく人生が運ばない時などに、彼女の事を考え出す事がすでに危うい状況だ、そこから立て直すのは正しくないという気持ちがある。
そう考えていくと、<私は私の人生を大切に思っているのか?>という疑問が起こる。恐らくそんなに大切に思っていない面もあると思う。ここは大事なところだ。ついでに<自分のために人生は生きるべきか?>も考えてみたい。 私はしょうがなく仕事をし、金(=生活、欲しい物のため)、その延長に自分の生活を補うだけは稼ぐというものがあり、それと並ぶか延長に結婚して同棲したいという気持ちがあり続けている。 しかし、最後の結婚して同棲という部分を除くと、私は自分のために生活費を稼ぎ、仕事をして死んでいく。という事で対象が自分にしかなく、ほとんどその人生に対してどうでもいい気持ちになってくる。幻想だけになり、「甘い!」という声が聴こえそうだが、私は家の中に大好きな女性がいて、TVもパソコンも何もいらないから、その家の中でただ、2人でずーっといる人生を望む。ただ、食事に行く時は行き、作る時は作り、掃除する時はして・・ただ、ずーっと2人でいて、夜が来て寝て、毎日がそれで、死のタイミングがバラバラになるとしても、それで死ねたら幸せである。(たまには一人でいたいかも。) ただ、現実には仕事があり、働かねばならず、それは大きく幻想として崩されるのだが、
  話は逸れたが、<自分のために稼いで、死んでいく事に興味がない>というのは今書いてて発見だった。 誰かが、「年を取るとは何かをひとつずつあきらめて行く事だ。」と聞いた事があるが、それを逆から取ると、「私達には元々何もなかったのだ。つまり、私1人だけが存在し、他には欲からモノから何もない。欲を見つけてモノを見つけて、なくなっては一喜一憂するのが間違いだ。」と思う。つまり、私が全く稼げずに路頭に迷ったとしても、それが私の頭の中では「他人がいなければ魚釣って、火起こして、家をトンカチで叩いて恐れる事はなかったのに、他人がいて、これだけの日本の形が成立しちゃっているから、勝手に家建てたら怒られるし、変な顔されるし、勝手に大量に魚取ったり、畑いじったら・・」という事になり、なら農家やるか?って言われると、人と関わってやりたくないし、農家はやりたくないとなってしまう。それから、何もないところから考えると、私の欲が完全に浮き彫りになって出てきた。すると、私はいかに贅沢なんだ、というところに立たなくてはいけない。確かに、生まれもってそうではないが、生まれもって路頭だった。生まれもって何もなかった。と思って生きないと、いざという時、ついに俺は稼げなかった、あらゆる欲も叶わなかった。と思うはめになる。
 「私には元々何もないのだ。」そこに立てるかがカギを握るが難しいところだ。先ほどの欲に対しても私は捨てないだろう。だから、それなら、駄目だった時はそれなりの覚悟をしろよ。という事なのだ。とりあえず解答は「自分のために人生を生きておきな」位にしておく。そうすれば、傷つきにくいから、とかそういう理由でいいから。
話はあっちこっち行ったが、「自立した愛」・「遊愛・友愛・利愛」の話と、「私には元々何もないのだ」というのが結論。ああ、全ての結論がダーク色で白・黒しない。健康にはいいようだが・・。

今年の音楽業界について。
2005/12/15

今年の音楽業界を対話形式で振り返る。

A:今年のJ-POPはどうでしたか?
悠:今年よく聴いたのは、アンダーグラフだ。去年から今年の3作「ツバサ」「君の声」「遠き日」などよく聴いた。今年、新人扱いなら新人賞も有力だと思う。 今年ので買ったCDとしては、新品でケツメイシの「さくら」、中古でGLAY×EXILEの「SCREAM」と、長渕剛の「CLOSE YOUR EYES/YAMATO」の3枚だけ、あとは昔のCDをよく買っていた。
A:全体的にはどうでした?
悠:今年と言わず、男性ボーカリストの方にはあまり興味が沸かない。BZも「OCEAN」を出したり、ミスチルもCDを出していたみたいだけど、ほとんど聴いていない。ただ、コブクロが最近出した「桜」の前作の曲で終盤白熱して唄っている曲があって、それを聴いた時、これは中古があったら買いたいかな、くらいには思った。 他、GLAY、サザン、EXILE、ラルク、ケミストリー、ポルノグラフィティ、森山直太郎、平井堅・・といったあたりは興味が全然沸かないな。 あっ、しかし、今年3月くらいのケツメイシの「さくら」は良かった。ケツメイシが好きなわけではないけど。
A:女性ボーカリストは?
悠:浜崎あゆみ、こうだくみ(どうしても漢字が打ち出せなかったので失礼。)、鈴木亜美、大塚愛、中島美嘉、宇多田ヒカル、倉木麻衣、島谷ひとみ、平原綾香、一青よう、安室奈美恵、松浦あや・・などシングルボーカリストを並べても、最近は突出した人がいないような気がする。グループだが、ELTの存在は安定している。
A:賞取りの方は?
悠:最優秀楽曲はケツメイシの「さくら」。と言いたいが、ジャニーズ?の修二と彰「青春アミーゴ」というのが売れてるらしくて、俄然面白くなくなった。 新人賞は候補に入るなら、アンダーグラフじゃないかと。違うのであれば、他に目立った新人歌手がいない気がするので、また出すが、修二と彰が意外に新人賞なのか。 
歌手・グループのMVPは目立っていた‘こうだくみ’の活動が評価されるか。学園祭なども沸かせた‘アンダーグラフ’か。CDが売れた修二と彰か(笑)。さすがにもうないとは思うが、浜崎あゆみという線も考えられなくはない。ケツメイシもありえなくはないな。
一人出せというならば、‘こうだくみ’じゃないかな。(終)。

野球とサッカーについて
2005/12/14

野球とサッカーについて書く。

今年はほとんど全く野球を見ていないが、千葉ロッテが優勝し、日本一になり、アジア杯も勝ってアジア1にもなった。 
今年、私はたまたま開幕第2戦の、<ロッテ対楽天>を千葉マリンで見たが、26対0とかそんなような試合だった。ロッテの外野スタンドの応援はすさまじい。そして、回を追うごとの飽きさせないファンサービスも見事だった。 しかし、これは賛否が別れる、あまり映像とか音を流さなくていいよ。という人と、ファンサービスをするべきだ。という人に。 
話は戻るが、ルールとはいえ、去年もパリーグのリーグ戦1位はソフトバンクなのだ。セリーグは1位が日本シリーズに行く。あまりこれが続くと、リーグ戦で1位を取る意味がなくなるだろう。それを踏まえてなら、セリーグもプレーオフ制でもいいが、大リーグの場合は2位の3地区の中の1位のチームがワイルドカードとして、ワールドシリーズに出られるので、こちらのは緊張感がある。しかし、日本のは3位でもいいという緊張感のなさが出る。しかし、また、1位だけで日本シリーズにするのも味気ないかもしれない。ただ、もう実験結果もかねたからやはり1位だけが行くべきだと思うが、終盤皆飽きるので、まだしばらくこのままがいいかもしれない。
WBCが来年3月に始まる、アジア予選を勝ち抜けば、世界戦に出られるようだ。イチローや松井秀樹(まだ解らない)などが参加してくれたり、大物大リーガーが出ると、野球のW杯として定着する可能性もあるので注目だ。
また、アジア杯を千葉ロッテが制したなら、世界のクラブチーム(サッカー口調)を集めて、クラブチーム1決定戦もやってほしい。 それか、Wシリーズ王者との直接対決か、プレーオフの一角に入れて欲しいものだ。(たぶん選手は疲れ果てると思うが。)
そして、私はインターネットを主体にしているため、昔なら巨人が放送されて巨人ファンだったが、今は清原も抜けて、原監督という事と巨人という名前だけで好きではあるものの、放送がほとんど見られない。 インターネットの放送に力を入れるのは、ソフトバンクや楽天や西武や、来年は阪神といったあたりを聞いている。それでも今年はほとんど見なかった。私は比較的強いチームが好きになりやすいので、ソフトバンクなんかはけっこう好きである。西武も好き。ロッテもけっこう好き。ただ、阪神は何故か、あまり好きではない。

話題はサッカーに移るが、これまたインターネット主体のため、日本代表やJリーグも今年はほとんど見なかった。しかし、インターネットでセリエAの映像がやっているので見ていると、特にTOPチームのユベントス、ACミラン、インテルなどはかなり上手い。ローマのトッティは特に頼りになる。中田英がセリエAでローマに移籍した時、TOP下を譲らず、君臨し続けたのはトッティで巧すぎる。ただ、チームは中間の順位とちょっとさえない。
日本代表は得点不足、決定力不足と書かれ続けている。高原でも柳沢、鈴木、大黒・・誰でも決められないようだ。平山には期待がかかるが、高いヘッドにチームが頼りすぎるサッカーになるらしい。でも、得点力もあると思うが駄目なのだろうか。
W杯の抽選の結果、ブラジル、クロアチア、オーストラリアという事だ。どうあれ、まずは、トーナメントに進出してもらいたいものだ。
カズ、中山も頑張っている。
Jリーグはどこが優勝しているのか知らないが、アラウージョが得点王という事だけは何故か知っている。

不愉快な受付譲などの話。
2005/12/08

生活している限り、仕方がない事なのだが、私は受付譲の人とトラブルになったり、不愉快な思いをしやすい。大人気ない、経験が足りない、そんなの私にも当たり前にある。という意見を承知で書かせてもらう。 

ある受付譲(仮にA)は行くと、そっけないのだ、もう義務としてやっている。「こんにちは」と言いながら、「はっ、何っ!」みたいな表情で違う方を向きながら言っている。名前を呼び会計の時も「いくらです。」と言いながら、何か違う事をやっているようにし、私がお金を払うタイミングと同時にその作業から、お金を受け取る作業に変え、決して手で渡さず、受け皿に乗せて支払い出すと、すぐに下を向いて何か書き出す。私も毎度で馴れたとはいえ、会いたくないのにそのAといつも会計などをしなければいけないのだ。

また、ある受付譲(仮にB)は行くと、
 B:「この前も言いましたが、必ずTELして下さい」
 私:「いや、僕は初めて聞きましたよ」
 B:「とにかく必ず、来る前にTELして下さいね」
 私:(無視して外に出る)
というトラブルや、とにかくおせっかいとかしつこいイメージでBを見ているが、これも毎回会わなければいけないのでしょうがないのだ。私は鼻について「嫌」な人はとことん「嫌」になる。
この前も中で緊急でTELするハメになって、せめてトイレの方でしていたら
 私:(TEL中)「うん、そうだね・・・」
 B:かぶせるように、「<私>さん!番です。」
気持ちは解るが、言う通りにしてもらわなきゃ困ります。みたいなその態度が鼻につく。ああ嫌だ。

ある歯を抜く女性医師(仮にC)は質問する
 C:いつ頃から痛みますか?
 私:この前抜いた時に・・で、それを
 C:(無視するように割り込んで)で、やり方ですが・・
という展開で、自分の質問の間での解答しか許さないタイプだ。私がもうちょっと深く話そうとしただけなのに、「そんなのは要らない、こちらの聞きたい事を一言、テンポよくサッサと答えてもらうだけ。」という態度なのだ。こういうのも腹立つ。

で、私は好きでもないのに、勝手にこの世に生まれたのに、こういうわずらわしい人間関係の中を生きていかなきゃならないのだ。たかが、ちっぽけなこれらの理由が死にたい理由のひとつとして存在する事もありだと思う。(別に最近は思わないが)。 本当に反して良い店員や心地よい人はそれでもたまにいる、あれは幸せな事だ。 私は受付をすっとばして、優しそうな医師と会計を取る事はそこでは許されていないのだ。他に場所を変えるところも遠かったりしたら、そこに行くしかない。私はストレスの少ない生き方を生活を心がけているので、ああ、本当に嫌なものだ。これは、もうしょうがない、ああ、まただ、いつもの事だ。としながら生きていくしかあるまい。

責任を持てる人間になりたい。 自分を表現して書く事が好きだと思う。 HP欲もコントロールでじっくり大切に。 <自分からやる的な事>で受動的の時間を減らし、かったるさをなくす。
2005/12/06

責任を持てる人間になりたいと最近思う。 それは、約束時間に仕事場に毎日通える事とか、与えられた仕事を期限までに必ずやり終える事とか、まずは、約束・期限の仕事関係を中心に責任を持てる人間になりたいと思う。これは今年残り、1ヶ月からのテーマであり、来年のテーマになる。それには失敗をしてもいいからやるしかないのだ。でも、気は楽に。
 このHP、「YU HOUSE」では、今、「プロレスコラム」、「日記」、「音楽」という3種を出している。「プロレスコラム」ではプロレスの事を思ったままに書いたり、分析したり、プロレスの問題を解決したりしている。 「日記」では、プロレス以外のものに対して、分析したり書いたり解決したり、自分の悩みを書き出したり、またその悩みを解決したりしている。 「音楽」では自分の出したCDを聴けるようにしているが、ここでも、自分の感じた歌詞や曲がある。 そうして解ってきたのは、自分はけっこう自分をこのように表現していく事が好きかもしれないと思った。 私はこの3種の後、映像や写真というやり方でまた拡げる事もよぎったが、例えば、映像ではビデオを持って、それを適当に家中回してそれを載せれば満足かというとそうではない。また、写真も時計なりを写して載せれば満足かというとそうではない。自分が表現したいものでないと嫌なのだ。「音楽」のコーナーでは音が入っているわけだが、確かにそういう表現もあるのだが、自分の中で一番解りやすいのは言葉を使った表現なのだ。しかし、「音楽」でまたこう合体させると音としての表現の仕方も面白いなと思っている。これから、言葉に語弊があるが、これから自分は音を無くして歌詞だけで曲を作るのか、→それもさらに絞り込むと「日記」という表現方法でもいいような気もしてしまう。 それとも音も歌詞もある曲(今まで通り)で行くのかという問題もある。 歌詞をある型にはめてしまう窮屈さもあれば、逆にそれがひとつの作品という形になるのがいいという見方もある。 映像を撮るとしたら、プロレスの試合か映画(かろうじて)位しか撮りたくない。しかし、プロレスの試合とはいえ、自分の団体があったらとしてそれを撮ってHPにUPしたいが、人がいないという事で、まず、それは今の段階でありえない話でNO!だ。映画の方も人がいないという事と台本の問題でNO!だから映像はNO!だ。 で、なら台本の小説を書けばと浮かぶが、例えノンフィクションをつなぎ合わせたものにするとしても、過去の私の記憶を辿ったものは、自分の中で燃えないのだ。私は「今、何に悩んでいて、恐れていて、楽しんでいて・・それに対しての問題を解決する」というのが燃えるのだから。 小説などもNO!となる。
 そして、人間はそこが成立っていないのに、又は成立っていたとしても、欲を拡げたがるもののようだ。WWEのビンス・マクマホンも3代目なのだが、プロレスは基本でしっかりありながら、ボディービルやアメリカンフットボールの新団体を作ろうとして立ち上げた、これらは失敗に終わっている。「K-1」を主催するFEGも中量級・総合格闘技・プロレス・大晦日・海外進出と拡げている。「PRIDE」を主催するDSEもやや同じ。 そうして拡げる事とブッダが「欲をコントロールしろ。」というのを考える時、人間が死ぬ事に繋げてしまうと全くもって空しいものか意味のないものになってしまうので、そこら辺には持って行かない。 ブッダが「欲はあまり、持たないほうがいい」とまでは言っていないと思うが、それと欲を拡げる事を考えると、自分の場合はよく止まってよく考えてから、拡げていくべきかもしれない。欲は別にあってもいいと思う。自分の場合はそれが楽しかったり、心地良かったりしたら。でも、コントロールはしたい。極限の死を改めて持ち出せば空しいかもしれないが、今自分がそれが楽しいからというしかないが、よーく考えれば曖昧な感情だ。
 私は生活しててだいぶ解ったが、TVや本といった受動的なものだけで生きていると、何か物足りなくなってくる事に気づいた。TVならなんとなく解るが、本も受動だというのが最近自分の中で明確になってきた。で、私は書くという作業、これはたぶん仕事の打ち込みでもいいと思う(が解らない)。書くという<自分からやる的な事>をしていかないと、なまぬるく、かったるくなる事に気づいた。だから、私は何か映像を見たりした後は、何か書いたりしている。終わって、また何か見たくなったら見て、書いたりしている、そこで少しだけバランスよく、なまぬるくもかったるくもなく過ごせるようになってきている気がする。

新しく「音楽」のコーナー設立。
2005/12/05

新しく、「音楽」のコーナーを作りました。
この「音楽」のコーナーでは、自分が20歳(3年前)にインディーズで発売したアルバムの全7曲の無料視聴ができます。(全部聴けます。)題をクリックすると、その歌詞とコメントが見れるようになっています。 もしよろしければ是非立ち寄って聴いてみて下さい!!

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